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日々の泡立ち

泡立っては消えていく言葉の置き場。

いざ

このカテゴリに収められるほどのことが書けるかどうかわからないけれど、宮崎駿監督の『風立ちぬ』。

 

私は公開ちょっと後に自分で観て、こないだ帰省した時に母親が「観たいけど一人じゃ...」というのでつきあって観たので、なんともう2回も観ている。

まず思ったのは「とにもかくにも男の人のための映画だな」というもの。誤解を招くかもしれないけれど “自分の夢や自分自身を追い求めるエゴイスティックな人物を描いた映画”って外国の映画とかにも良くあるし(フランス映画とか...)特別に変わったものとは思わず、なんというか”実写映画的なテーマをアニメじゃなくちゃできない表現を上手く利用して詩的に昇華した”...という印象。もちろん心が動く瞬間がなかったかと問われれば否で。そんなふうな男だけれど、その心の糧の一部として愛する女性が必要で、自分の夢との天秤にかけてぐらぐらしつつもどちらの手も離せないところとか、私は劇中の二郎の“出来杉くんのようにみえて実はまったくもって子ども”みたいなところが羨ましかったりしました。結局、まるで子どものように、自分の欲望に忠実に、夢である飛行機と愛する女性をひたむきに求め続けた男が、最後に現実と向き合ってやっと大人になって“生きていこう”と決意する....という、なんだか凡人にとっては“なんて贅沢な! 妬ましい!(でもちょっとだけ憧れちゃう! 自分じゃ絶対無理だから!)”という夢物語。とかく夢物語は、男の人のためのもののような気がしているのです。だから「男の人のための映画だー」と感じたのかなぁと。とにもかくにも、こんな夢を追い続ける者のエゴを題材にした映画をこれだけの規模で作って、まるで“国民的映画”のように宣伝してしまう鈴木プロデューサーって改めてすごいよね。こんなん、マスな支持が得られるような物語じゃないと思うもん。だからこそ、”奈緒子さん”の「わかりやすさ」が、マス用に準備された単なるひとつの”感動装置”的なとらえ方もできてしまって、そこがちょっと残念でもあったりして。

 

うーん、やっぱりうまくまとまらないな。最近。映画を観ての感想とかを、こうしてアウトプットすることが少なくなったのでダメだ。こういうことは、マスターベーションかもしれないけれど多少訓練として意識して続けていかないとだなぁ。(だからといって自分の昔の映画感想が上手く書けてたかというとアレだけど)

 

『風立ちぬ』に関しては、観てから書くタイミングを失したし、まあ書かなくてもいいかなーと思っていたのです。が、最近、職場とか周りの人たちの感想とかがぽつぽつ耳に入り始め。結構みんな、すごーく倫理的なちっちゃなところにとらわれてたりとか、先に入れちゃったネガな前情報とか、最悪なのは観てもないのにネットの評判をうのみにしちゃったりとか、そんな風な感じで。とりあえず、私は私なりに感じたことをダメダメながらに残しておこうと。いやしかし、それにしてもどうかという感想だけど...。うーん、やはりもう1回観るべきなのかしらん...笑。