日々の泡立ち

泡立っては消えていく言葉の置き場。

自意識喪失


この日記ののち、
数日間で一気に既刊を揃えた西島大介氏の作品。
(感想は、完全にタイミングを逃して書けませんでした…)
新刊が出たので、嬉々として。


アトモスフィア〈1〉 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

アトモスフィア〈1〉 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)


“自分自身のためにあらゆることを赦す”女の子、のお話。
“彼女”は、自分自身の心を乱す状況や事実、
如いては自分自身から逃げるために、諸々を、赦す。
「ふざけんな!」というひと言を飲み込み続ける。
アイデンティティ・クライシスに遭遇しても、なお。
自分自身が、この世から居なくなったとされてしまっても、なお。


なんとなく、覚えのある感覚。
私の場合は『赦す』という“上から目線”ではなくて、真逆だったけど。
『諦める』、という魔法の呪文。
私は“ベビーブーム世代”という、
物心ついた時からずっと、周囲との競争を強いられてきた世代だから
自分を“上”に持ってく気力もなく、
たぶん、ただ一番楽だったのが諦めること、だったんだろうなぁ。
でも、クチでは「諦める」とかなんとか言ってたわりに、
なんだかんだで私は諦めきれてなかったのでした。
「諦めてるから」なんて言っちゃうことが、格好つけるポーズだったんだな。
なんだそりゃー。


……と、書いていてワケわからなくなってきましたが。
私には「諦めてるポーズ」を引っ込める、そのタイミングもあったし(多分)、
引っ込めても別にいいや、と思える程度のプライド(?)しか
持っていなかったわけだけど。
“彼女”は、ソレを撤回するタイミングを逸し続けてる。
果たして、“彼女”は、自分自身を失くしながら如何に生き続けるのか?
と、こちらの気持ちが盛り上がりつつ、
ストーリー的にも「これから!」というところで次刊!という(笑)。
あああ、続きが楽しみだ。

→参照:d:id:akimi:20060421



とにかく。
ディエンビエンフー』を読んだ時にも思ったけれども、
こういう物語を描く手段として、
文章ではなく、映像でもなく、“漫画”という表現手段を採ってる
西島氏の、正しさよ。
(っていうのかな…自分の語彙力&表現力のなさ、ほんと悲しくなるけど)
「物語を読んで、“早く続きが読みたい”と思える」こと、
その幸福感。
それをちゃんと味わうことができるって、素敵なことだ。
と、いうことで。
ディエンビエンフー』も、是非とも続きを……切実に!